あなたは「ほめ日記」を知っていますか?
「ほめ日記」は、自分で自分をほめる日記のことで、自分の個性やクセを知り、良いものは伸ばし、マイナスなクセを修正して、自分の中に隠れている能力や感情・感性などを表面化させることができます。
あなたも「ほめ日記」で、自分の可能性を発見して、最高の人生を創造する力に繋げてみませんか?
第17回は、「『ほめ日記』で自分らしく生きる人③」の続き、「『ほめ日記』で自分らしく生きる人③」を解説していきます。
目次
「ほめ日記」で自分らしく生きる人たち④
最後は、2011年3月11日、東日本大震災の真っただ中にいた方をご紹介します。
東日本大震災の真っただ中で---岩手県・Oさん(46歳)
Oさんは小学校の先生で、盛岡の自宅に旦那さんを残し、3年前に赴任してきました。
現在は、小学校3年生の娘さんと二人暮らしです。
自分をほめたり励ましたりしたら自分がダメになると思っていたのです。
でも「できたじゃない」「できなかったことも次はできるよ」と、プラスの言葉を投げかけた時、心が温かくなり、ほめて励まして自分を信じることができるようになりました。
この感覚は中学生以来かもしれません。
今は少しずつ希望の中で生活できるようになりましたし、自分と仲良くできるようになると、子どもの良いところも多く見えるようになってきました。
これは今までにない大きな変化でした。
Oさんの震災後の「ほめ日記」
Oさんは、2011年3月11日~3月24日までの間、「ほめていないほめ日記」を書いていました。
震災以降の「ほめ日記」の一部をご紹介します。
- 3月11日 PM2:46。大きな地震。子どもたちに「机に頭を入れて!」と叫び、「もう終わるから大丈夫、もう終わるからね!」と叫び続けるけどなかなか終わらない。自分を励ますように「大丈夫だからねー」と言い続ける。
校庭に避難。寒いので子どもたちにブルーシートを頭からかぶせる。
子どもたちの荷物を取りに校舎に入ろうとすると、また地震が…。しばらく待って校舎に向かうと、また地震。怖い、怖い。子どもたちを守らなければ。
娘はどうしているだろうか?きっとだいじょうぶ。
しばらくして迎えに来た保護者に子どもを渡して帰ってもらう。
大津波警報が鳴るが、山の中のため事態が呑み込めず不安。
その後、職員も不安を抱えて帰宅。 - 3月12日 昨日、娘は大槌の先生と車中泊。
深夜もずっと山田の街は火災。さくら幼稚園へ避難する。
赤い炎が街を埋め尽くす…なぜ消えない。街が燃え尽きてしまう。
消防が機能していないようだ。炎の街…。
現実がまだよく分からない。何がどうなってしまったの?
両親は無事か?連絡は取れない。火はまだ消えない。大丈夫か?
自宅アパートを見に行く。すぐ先まで瓦礫の山。あっという間に瓦礫に変わり果てていた。危機一髪だった。 - 3月13日 豊間根中学校に避難していた両親を見つける。無事だった。良かった。叔父、叔母の死亡を確認。
盛岡在住の主人が、警察の検問で止められたのに、振り切って山田に来た。私と娘が無事なのを見て一安心。周りの人から拍手をもらう。娘は盛岡へ主人とともに避難。 - 3月23日 卒業式。せっかく、いろいろと練習してきたのに、本当に縮小されての式。児童がかわいそうだった。しかし卒業式もできない学校も…。6年生の皆さん、これをばねにして、大きく成長して欲しい。強く生きていって欲しい。心から祈る気持ち。
- 3月25日 そういえば、1年以上毎日書いている「ほめ日記」も震災から全然ほめていなかった。すっかり忘れていた。そうだ、自分をほめよう。子どもを守るために私はよく頑張ったよ。えらいよ。
昨日から盛岡の自宅で娘と一緒にゆっくり過ごせた。避難所にいたので、やっとゆったりと足を伸ばして眠れた。とてもありがたかった。笑顔になれた。笑顔になれた私はステキ。 - 3月28日 全て復旧。昨夜は山田のアパートで一泊した。良かった。ちゃんと水も出た。感謝…!娘も盛岡から呼べるかも…。早くお母さんと暮らしたいと言われている。これで避難所から出られる…。でもまた、避難所には被災した人たちがたくさんいる。普通の生活がどれほど恵まれているか骨身に染みる。
学校の方も新年度に向けて準備を進めないと…。計画的に…。と思っている私はエライ!その調子。 - 3月29日 昨日、年間計画の方も手を付けた!いろいろな部署の人にも聞いてできたね。よかったね!
お世話になった方にもお別れを言い、避難所を退所。きちんとお礼を言えたね。よく言えた。いつか恩返ししないとね。 - 4月4日 電気も復旧したのでアパートに娘と戻る。車のパンク修理も済んだ。ガソリンも入れて、ガスも、水も使える。やっと普通の生活だ。でも避難所の人たちにはちょっとうしろめたい。みんなも早く仮設住宅に移れるといいのに。
学童が再開していないので、娘を職場に連れていく。娘も静かに待っていた。明日はもう少し娘と遊んであげよう。娘を連れていって働いた私はエライよ。 - 4月7日 娘が盛岡から戻ってきて1週間。こちらの仕事も滞りがち。でも娘と一緒にいて、かわいいと思える私って変わったね。いいぞ、私。今日もガンバ。
- 4月10日 新学期は20日より始まる。毎日、読書。その気持ちを持続しよう。いいな、とひらめく本は買ってこよう。
1年前に「ほめ日記」の講座を受けてから随分いいほうに変わってきているね。変な奴のそばには近づかない。付け入らせないように毅然としていよう。以前は周りの顔色ばかり見て振り回されていたけど…。自分を愛せるようになってきているのかな。自分の直感を信じられるようになった。いいね、私まだまだ成長するよ。 - 4月11日 お隣の学校のお手伝い。以前の私は、これやっていいか、ダメか、一人で気をもんで疲れることが多かったけど、片づけ、整理、ワックス塗りまで、腰軽くできた。自分で考え、すぐに動ける私ってすごい。
体育館は避難の人たちでいっぱい。職員室からは瓦礫の山が見え、その先には、穏やかな海が広がっている…。夢の中の映像のよう。
お隣の学校なのに、こうも違う。職員も子どもたちもツラいだろう。うちの学区は山の中なので、ほとんど被害がない。またお手伝いに行きたい。 - 4月20日 入学式。指導の時間がとれなかったから、2年生の歓迎の声があまり出なかった。まぁしょうがない。
いつもは豪華な生け花の飾り花があるが、花屋さんもなくなってしまったから、今年は造花。子どもたちがかわいそう。でも入学式もできない学校も多いんだから、やれるだけ幸せ。
子どもたち、耐え抜いて頑張ってね。山田町を復興させてね。この子たちにかかっている。出ていかないで頑張って欲しい。 - 〇月△日 瓦礫の下から遺体。話を聞くのはつらいね。避難所では「助けてくれなんて言わなかった、死にたかった」という人。お年寄りはつらいね…。生きている私、感謝して生きよう。
- △月〇にち 運動会終了。日程が延びた分、待つことを教えられ、いろいろな活動を磨くことができた。閉会式も立派だった。一つひとつ写真のコマ割りのように、子どもたちの表情、活動が見られた。この頑張りを子どもたちにきちんと言葉で伝えたい。前向きな私、いい感じ。
子どもたちに「運動会ができること、当たり前じゃないんだよ。幸せなことなんだよ」と話す。体育館や校庭をよその学校から借りにくる。いっぱい使っていいよ。がんばれ、がんばれ、と思う。
一人の人が、自分の持っている力を十分に発揮できるかどうか…。
それは、ご本人の人生に大きな差をつけるだけではありません。
家族や周囲の人たちにどれだけのことができて、どのような影響を与えるのか?というところまで違ってきます。
困難を乗り越えた先には希望があるということを、自分を信じることの大切さを、Oさんは先生として被災した子供たちに身をもって伝えてくれることでしょう。
本当の自分に出会う旅へ
さて、皆さんは、いままで登場してきた方々の変容ぶりやその後の生き方を、どのように感じたでしょうか。
自分をほめる習慣をつけて、自分を肯定的に見る回路を太くし、潜在的に持っている人としての本質的な能力や意識が顕在化し、心の幸せを得る。
これは、机上の理論ではなく、実際に起きていることです。
複雑なことに価値をおく現代人からすると、このようなシンプルさは受け入れがたいものに感じるかもしれませんが、「シンプル・イズ・ベスト」という言葉があるように、シンプルなものの中にこそ、真理が隠されているとみる人たちもいます。
私たち命は、大宇宙の自然エネルギーと繋がり、その中に生かされていて、そこからはみ出して生きられる命は一つもありません。
大宇宙の自然エネルギーは、あらゆる命を肯定しているエネルギーで、この普遍的な法則に沿って生きる、すなわち与えられた命に感謝し、肯定して賛美していけば、命は本来の能力を発揮し、愛や幸福感、調和などの意識も自然と表面化し、活性化する、ということです。
物質が引力の法則に逆らって、上へ上へと上がろうとしたら、とても苦しく大変なエネルギーを消耗し、結局逆らうことはできないのと同じように、肯定の法則に反して自分の命を卑下したり、否定的に見なしていたら、生きているのが苦しくつらいものになってしまう…ということです。
あなたも、生きるのが苦しくなったら、本当の自分に出会いたくなったら、宇宙の法則に飛び乗って、自分という宇宙の旅に出てみてください。
そのための切符が「ほめ日記」なのです。
あなたの中で素晴らしい可能性が出番を待っているということに気づいていただけたら幸いです!
…了